【感想】ダンサー・イン・ザ・ダークは、救いようのない鬱映画だった

ふぉぐです。

ついさっき、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」を観終わったので、さっそくレビューしていきたいと思う。

ちなみに、ネタバレ全開で感想&レビューしていくので、まだ観ていない方はご注意を。

では、早速レビューに移ろう。

ダンサー・イン・ザ・ダークってどんな映画?あらすじは?

ダンサー・イン・ザ・ダークは、2000年公開のドラマ・ミュージカル映画。

監督はラース・フォン・トリアー。主演はビョーク。

あらすじとしては、「不遇な状況にある女性が、もっと不遇な状況に貶められ、絶望の中で彷徨う…」という映画である。

チェコからアメリカにやってきた移民のセルマは、工場で働く熱心な女性だった。

息子のジーンと二人暮らしをしていて、火曜の夜にはミュージカルの練習に行くほどミュージカルが好きだった。

しかし、そんなセルマはある問題を抱えていた。

それは、遺伝のせいで目がどんどん悪くなり、もう少しで失明してしまう…というものだった。

物語の後半では、ほぼ失明状態になってしまうセルマ。

息子のジーンだけは、失明させずに光のある世界を見せてあげたい!と思っていたセルマは、工場や内職で必死にお金を貯めていた。

あるとき、セルマが住んでいるトレーラーと同じ敷地に住んでいるトレーラー管理人のビルが、セルマの元を尋ねる。

ビルは、「妻のリンダは浪費家で、私の遺産が無いとわかったらどういう行動をとるかわからない」とセルマに悩みを相談する。

セルマは、「私の悩みを聞けば、ちょっとは心が安らぐ?」と、自分が失明するかもしれない話をビルに話す。

2人は、誰にもこのことを話さないように沈黙を守る。

あるとき、ビルがセルマの元を尋ねると、セルマはすでにほぼ失明状態にあった。

ビルは、「息子の手術費用をどこに貯めているのか」を知るために、ドアから出ていくフリをして、セルマのヘソクリ場所を突き止める。

セルマは、度重なる工場でのミスが原因で、工場をクビになってしまった。

最後の給料を受け取って家に帰って、いつものようにヘソクリ場所に貯金しようとしたら、なんとそこに入っていたはずの貯金が無いではないか。

セルマは、すぐさまビルの元に行くが、ビルの妻のリンダが唐突に、

「あなた、私の夫を誘惑してトレーラーに誘い込んだらしいわね。早くトレーラーから出て行って!」

と暴言を吐かれる。わけがわからないセルマは言い訳をせずに2階のビルの元へ行くと、ビルはセルマの金をカバンに詰め込んでいるところだった。

「返して欲しい」と頼むも、セルマが失明しているのを良いことに、有る事無い事リンダに話すビル。

ついには拳銃まで持ち出してセルマを脅すが、ちょっとした拍子に、ビルはセルマに拳銃で撃たれてしまう。

何も悪くないのに殺人犯となってしまったセルマは、無能弁護士や自身が事実を話さなかったことがきっかけで、死刑宣告をされてしまうのだった。

ダンサー・イン・ザ・ダークは、救いようのない鬱映画だった

ダンサー・イン・ザ・ダーク。物語として見るなら、普通に面白い作品だった。

しかし、後味があまりにも悪すぎるため、鬱映画として認知されるのも無理はないだろう。

まず、ビョーク演じる主人公のセルマの幸が薄い感じがとても心にくる。

せっかく息子の手術費用を頑張って貯めていたのに、それをビルに盗まれてしまう。

ビルは、セルマを悪者にして自分が善人となるために妻のリンダに嘘をたくさん吹き込む。

ビルのせいでセルマに悪意を感じたリンダは、セルマをどんどん追い詰める…と。

さらに、手術費用を弁護士費用に当てようとした同僚のキャシー。

いや、確かにわかるけど…。

なんか、セルマのことを助けたいならその辺は金出して欲しいよね…まじで。

なんかもう、全体的にビルが全ての元凶である。

おそらく、ビルみたいな人間ってたくさんいるような気がするわ…。

それこそ、学校のイジメ問題とかもこんな感じがする。

味方がたくさんいるいじめっ子の方が有利で、いじめられっ子がどんなに抗議しても「嘘だろ」って言われちゃう…みたいな。

ダンサー・イン・ザ・ダークは、そんな社会の弱者的縮図をかなりハードにまとめた映画だったのではないだろうか。

ミュージカル部分が明るいのが心にくる

ダンサー・イン・ザ・ダークは一応ミュージカル映画としての括りなので、ミュージカル部分が出てくるわけだが…。

ミュージカル部分は、基本的に「セルマの妄想」という形で演出される。

妄想だから、どんなに苦しい状況でも明るい感じに仕立て上げられている。

ダンサー・イン・ザ・ダーク自体は暗い映画なのに、ミュージカル部分が明るいから、まるでマッチ売りの少女のようなテイストを感じる。

現実は辛いけど、せめて妄想だけでも楽しく…的な。

きつすぎてだいぶやばい…。

なぜ、セルマは本当のことを言わなかったのか

ダンサー・イン・ザ・ダークでは、疑問に思うことがいくつかあるが、中でも一番疑問なのが、

「なぜ、セルマは本当のことを言わなかったのか」

というところではないだろうか。

それこそ、ビルに金を取られてしまったこと、息子の手術で金を貯めていたこと。

リンダは浪費ぐせがすごくて、ビルにとってかなり負担になっていたこと。

ビルは自分に金を借りにくるぐらい金に困っていたこと。

いくらでもビルを悪者にできる言い分はあったはずだ。

でも、なぜセルマは言わなかったのか。

私の一つの解釈として、「諦め」があったように思う。

息子の手術費用を貯めていたことに関しては、映画内で「視力が悪化するから」と言っていたので省くが、それ以外に関しては「諦め」があったように思う。

チェコからの移民というだけでも、世間的な信用度は低い。

また、リンダからしてみれば、愛する夫が言ったこと(セルマから誘惑されたetc)はできるだけ信じたいのが通説である。

もっと言えば、人間というのは都合の悪いことは信じないような脳の仕組みができているのである。

例えば、「明日は雨が降る」と天気予報で言っていても、明日楽しみな用事があると、

「天気予報なんて外れるし、明日は晴れるかも」

と信じないことがある。

このように、都合の悪いことはできるだけ信じないのが人間である。

セルマは、この傾向をなんとなくでも把握していたのだろう。

チェコの移民というだけでも世間から冷ややかな目を向けられがちな中で、人間の醜い部分を多く見てきたセルマにとってみれば、

「私が何を言ってもこの人は信じない」

というある種の諦めがあったように思う。

だから、セルマは何も言わなかったのではないだろうか。

ダンサー・イン・ザ・ダークを総合評価するなら?

ダンサー・イン・ザ・ダークを総合評価するなら、星5中の星4評価である。

個人的には面白い映画だと思った。でも、後味の悪さは今まで見た映画の中でトップである。

それこそ、後味の悪さで言えば「ゴースト・シップ」などを思い浮かべるが、そんなの全然比にならないぐらいの後味の悪さだ。

しかし、全体的なまとまりとしては非常にダークで鬱屈とした感じがよかった。

また、「現実世界」と「妄想世界」のギャップが強いのも印象的である。

現実世界では辛いけど、せめて妄想の中ぐらいは楽しく生きよう…。好きなミュージカルで…みたいな。

そんな切実な願いが心にグッとくる。

また、この映画は妄想シーン以外、大掛かりな撮影手法が行われていないのも個人的にはグッドポイントである。

ホームカメラのようなアングルでのカットが大部分を占めているのも、リアリティにあふれた映像作品になった所以ではないだろうか。

また、ビョークといえばアイルランドの歌手として有名だが、ダンサー・イン・ザ・ダークの音楽担当もビョークである。

ビョーク特有の、あの…ちょっと不思議なメロディが映画を彩る。

ビョークを聞きなれない人にとっては「何この変な音楽?」と首を傾げてしまうかもしれないが、ビョークを聞きなれている人にとってみれば、

「ビョーク節キタァアア!!!」

と歓喜するのではないだろうか。あの叫ぶような声と、うねるような音程がビョークの特徴である。

ダンサー・イン・ザ・ダークはどんな人にオススメ?

ダンサー・イン・ザ・ダークは、ぶっちゃけオススメできるような作品ではない。

なぜなら、ハッピーエンドとは程遠い結末だからだ。

さらにいえば、観た人は絶対気持ちがへこんでしまうことこの上ないので、個人的にはオススメできる作品ではない。

だが、オススメできないからと言ってつまらない映画というわけではない。

むしろ、先述のようにストーリーとしてはまとまっているし、個人的には面白い作品だと思う。

なので、「ダンサー・イン・ザ・ダークってどんな映画なんだろう?」とちょっと興味を持っている人は観てもいいかもしれない。

終わりに

ダンサー・イン・ザ・ダークについてレビューしてきた。

余談だが、私はビョークの音楽を結構聞いている。

特に、4枚目のアルバム「Vespertine」がオススメである。

ビョークのアルバムは、全体的にふわふわしたような…ちょっとサイケデリックな雰囲気がする曲が多い。

そのため、耐性がないと敬遠しがちだとは思うが、Vespertineに関してはキャッチーな曲が多いのでオススメだ。