【感想】トゥルーマン・ショーは、コメディ映画なのにホラー感満載の怖い映画だった

ふぉぐです。

ついさっき、トゥルーマン・ショーを観終わったので、早速レビューしていきたいと思う。

ちなみに、ネタバレ全開で感想&レビューしていくので、まだ観ていない方はご注意を。

では、早速レビューに移ろう。




トゥルーマン・ショーってどんな映画?あらすじは?

トゥルーマン・ショーは1998年公開のコメディ映画。

監督はピーター・ウィアー。主演はジム・キャリー。

あらすじとしては、「トゥルーマン・ショーという、一人の男の人生に焦点をあてたテレビ番組」の話になっている。

トゥルーマンは、離島であるシーヘブンというところに住んでいた。

トゥルーマンは生まれてこの方一度もシーヘブンの外に出たことがなく、海を渡ることもできなかった。

それは、トゥルーマンが子どもの頃、父親とともにヨットで海に出かけた際、嵐にあって父親が海に落ちて死んでしまってから、トラウマを持っていたのだった。

シーヘブンの外を見たことがないトゥルーマンは、なぜか「フィジー島」に行きたいと思っていたら。

なぜなら、トゥルーマンが学生の頃、とある女の子「ローレン(実際はシルヴィアという名前だった)」と知り合ったのだが、ローレンは奇妙なことを言った後に父親に連れていかれてしまったからだった。

「私の本当の名前はシルヴィアで、あなたがいるこの世界はテレビ番組なの。世界中で放映されているのよ。全て偽物。私を探しにきて!!」

と言い残し、シルヴィアは父親と名乗る人物に連れていかれてしまった。その父親は、「フィジー島にいくぞ!」と言ってシルヴィアを連れて行ったため、トゥルーマンはフィジー島に行こうと思っていたのだった。

トゥルーマンは、徐々に自分がいる世界が不自然なことに気づいていく。

死んだはずの父親がホームレスのような格好で街に立ち尽くしていたのを発見したかと思いきや、犬を散歩させていた女性とサラリーマン風の男が父をガシッと掴んでどこかに連れて行ってしまったり。

それを追いかけようとするトゥルーマンを妨害するかのごとく、車が邪魔したり人とぶつかったりする。

徐々に、自分がいるこの世界がおかしいことに気づき始めたトゥルーマンは、島を脱出しようと試みるのだった。

トゥルーマン・ショーは、コメディ映画なのにホラー感満載の怖い映画だった

トゥルーマン・ショーを観ていて思ったのが、コメディ映画のはずなのに言い知れぬ怖さを感じたことだ。

めちゃくちゃ怖い。

というのも、街の人々が不自然な挙動をしているのが怖いのだ。

特に怖かったのが、「ホームレスの姿になっていた父親が知らない人に連れていかれてしまったシーン」である。

いきなり知らない人がホームレス姿の父親を掴んでどこかに連れて行ってしまうシーンは、めちゃくちゃ怖い何かを感じた。

なんだろ、クレヨンしんちゃんのホラー回的な怖さ…というか?

また、トゥルーマン・ショーの途中で入る、登場人物が商品を口で宣伝するあの感じである。

現実世界ではありえない言い回しに、ちょっとゾッとする。怖い。

ジム・キャリー演じるトゥルーマンがコメディ感満載なだけに、ホラー要素が加わると不気味な怖さを感じるのである。

映画自体は面白いので、どんどんトゥルーマン・ショー に引き込まれていく

個人的に、トゥルーマン・ショーは面白い映画だった。

映画としてよくできているし、ジムキャリーのあのおちゃらけた感じも面白かった。

「いつ脱出するのかな?」とトゥルーマンの挙動にも目がいくし、自分もトゥルーマン・ショーの観客として楽しめた。

また、トゥルーマン・ショーは哲学的な要素も盛り込まれているように思う。

番組プロデューサーのクリストフの言葉が印象的だった。

「私は、トゥルーマンに普通の生活を提供している」

と。

「普通」の定義がどこにあるのかはわからないが、ぶっちゃけトゥルーマン・ショーのあの生活は確かに普通だし普遍的である。

おそらく、番組の予算が尽きるまで、トゥルーマンはあの世界で安泰な生活を送っていったのかもしれない。

番組の世界から一歩出れば、そこはまさに嵐のような世界が待っている。

会社に入ればリストラだってあるし、嫌な人もいる。火事で死ぬかもしれないし、交通事故にあって半身不随になるかもしれない。

しかし、番組の世界は全てが計算されて、まさに「秩序的な」空間が広がっている。

そう考えると、トゥルーマン・ショーの世界は、そこまで悪いものでもないんじゃないかな…とも思ってしまうわけだ。

トゥルーマン・ショーは、日本人には馴染みのない表現が出てくる

トゥルーマン・ショーでは、日本人にはあまり馴染みのない表現が出てくるので、理解するのが難しいと感じてしまう。

例えば、トゥルーマン&妻のメリルとの結婚式の写真である。

トゥルーマンは、メリルとの写真を見ていて「懺悔している」的なことを言っていた。

結婚式だから懺悔する必要はないはずなのに、メリルはなぜか「懺悔」をしていたのだ。

私には「懺悔?ドユコト?」と思ったのだが、恐らくキリスト教文化的な側面があったのだろう。手の形が「懺悔」を表す形になっていたのかもしれない。詳しくはわからないけど。

日本人は神道文化や仏教文化が根本にあるので、なかなかキリスト教文化には縁がない。

そのため、トゥルーマン・ショーに出てくる表現の一部がちょっとわかりにくいところがあった。

ちなみに、メリルがなぜ懺悔しているのかというと、恐らくメリルはトゥルーマンの住む番組世界とは別の「本当の世界」で結婚しているのだろう。

トゥルーマンと結婚してしまうと、メリルは二人の男性と結婚していることになる。

番組の企画とはいえ、二人の男性と結婚してしまうのは神の意向に背くので、結婚式なのに「懺悔」という形をとったのだろう…と推察する。

トゥルーマンはその後、どうなったのか

トゥルーマンが番組世界から抜け出した後、どうなったのか。

映画本編は、トゥルーマンが番組世界から抜け出して放送が終わると、「次の番組は何かな?」と言って人々がチャンネルを変えて、本編が終わる。

トゥルーマンは恐らく、…恐らくだが、「トゥルーマン・ショーのトゥルーマン」として人々から認知されているので、番組世界にいた頃よりも良い暮らしをしているように思う。

それこそ、「トゥルーマン・ショーの主役」として絶大な知名度があるため、CMに起用されたり番組を持ったりしているかもしれない。それをトゥルーマンがOKとするかは置いといて。

さらには、シルヴィアと結婚したのも想像に容易いだろう。

トゥルーマンを閉じ込めていたトゥルーマン・ショーという番組世界よりも、トゥルーマンにとっては皮肉にも外の世界の方が生きやすい現実になっていたのかもしれない。

私の想像である。

トゥルーマン・ショーを総合評価するなら?

トゥルーマン・ショーを総合評価するなら、星5中の星4評価である。

個人的には面白い映画だな〜と思った。

ジムキャリーのおとぼけキャラも健在だったし、何より「一人の男性の人生を追う番組」という舞台設定も面白い。

だが、蓋を開けてみるとどこかホラーチックな要素もあったり…で楽しめた。

しかし、個人的に終わり方がちょっと…って感じだったので、星を1つ減らして星4とした。

トゥルーマン・ショーはどんな人にオススメ?

トゥルーマン・ショーは、コメディ映画好きなら一度は見ておいて損はない映画だろう。

グロテスクなシーンもエロいシーンも無いので、安心して見られる映画になっている。

終わりに

トゥルーマン・ショーについてレビューしてきた。

余談だが、トゥルーマン・ショーが影響して「トゥルーマン・ショー妄想」という精神医学的な概念が生まれたらしい。

トゥルーマン・ショー妄想とは、「自分が生活しているこの世界が、実は番組で、家のいたるところにカメラが仕込まれているんじゃないか?」と考えてしまうことらしい。

まさにトゥルーマン・ショーである。

そういえば、私はマトリックスを見たときも、

「この世界は機械が見せている幻想の世界なんじゃないか?」

なんて考えていたが、トゥルーマン・ショーもそれに近いような気もする。

だが、個人的には私の私生活が全世界で放映されていたとしても、それが信用経済に繋がると思っているので楽観的に考えている。

トゥルーマン・ショー、万歳!!