【ネタバレ感想】『屍者の帝国』は、ストーリーに置いてけぼりを食らうSF映画だった

ふぉぐです。

ついさっき、『屍者の帝国』を観終わったので、さっそくレビューしていきたいと思う。

ちなみに、ネタバレ全開でレビューしていくので、まだ観ていない方はご注意を。

では、さっそくレビューに移ろう。




『屍者の帝国』ってどんな映画?あらすじは?

『屍者の帝国』は、2015年公開のアニメーション映画。

監督は牧原亮太郎。

あらすじとしては、「19世紀末。死者の蘇生が行えるようになった時代。亡くなった友人を蘇生し、自らのもとで従事させるワトソンのもとに、政府の諜報機関から依頼が来る」という物語である。

19世紀末。ジョン・ワトソンは、死者(『屍者の帝国』では、死者のことを『屍者』と表記するが、ここでは死者と表記する)を蘇生する技術を用い、自らの友人であるフライデーを蘇生させた。

蘇生と言っても、そのまま意識を保った状態で蘇生させるわけではなく、あくまでロボットのような形で蘇生させる技術だった。

そのため、この時代では死者を「軍事力」として扱っている側面があった。

しかし、その死者蘇生技術は、民間での利用はグレーだったらしく、ワトソンは所属している医科大学の指導教員らに部屋へ入られ、フライデーを蘇生したことを咎められるところだった。

だが、ワトソンの蘇生技術は役に立つ…と考えた指導教員らは、政府の諜報機関である「ウォルシンガム機関」の「M(マイクロフト・ホームズと言い、シャーロック・ホームズの7歳上の兄)」という男性をワトソンに紹介する。

Mは、ワトソンにアフガニスタンでの諜報活動を依頼し、ワトソンは依頼を受けてアフガニスタンへと渡るのだった。

Mがワトソンをアフガニスタンへ送った理由は、「カラマーゾフ」という、ロシア軍に従軍していた男が、死者を引き連れて「屍者の帝国」をアフガン北方へと築いたらしく、その情報を得るためだった。

アフガニスタンへついたワトソンだったが、ついた途端に「死者爆弾」の洗礼を受ける。

そこで、同じくアフガニスタンへの諜報活動を依頼されていた「バーナビー大尉」と出会い、ロシア製の死者爆弾から逃げるのだった。

『屍者の帝国』は、ストーリーに置いてけぼりを食らうSF映画だった

というわけで『屍者の帝国』を観終わった。

まず最初の感想としては、

「ストーリーに置いてけぼりを食らうなぁ…」

という印象だろうか。

前半の盛り上がりこそよかったものの、中盤〜後半にかけて失速していってしまう。

特に後半なんて、置いてけぼりを食らうシーンが多々あり、

「ん?これはどういうことだっけ…」

と考えてしまう場面が多かった。

全体的に見るなら、完成度はそれなりに高い作品なのだろうけれど、ストーリーとしての細部の作り込みが甘いなぁ…という印象を受ける。

『屍者の帝国』でちょっとよくわからなかった点を列挙してみる

『屍者の帝国』で、

「ここ、よくわからなかったなぁ…」

と思う点を、いくつか列挙していこうと思う。

なぜ、カラマーゾフは屍者の帝国を作ったのか

ワトソンがアフガニスタンへ派遣される動機として、

「カラマーゾフの調査」

というのが挙げられるのだが、そもそもなぜカラマーゾフが屍者の帝国を作ったのか…理解できなかった。

結局、カラマーゾフの元へ行き着く時に出てきた、「意志を持ったっぽい死者」はどういうことだったのか

カラマーゾフのもとへ行く途中。

ワトソンたちを襲う死者たちは、なぜか普通の死者では持ち合わせない「殺意」のようなものを持っていた。

結局はあれはなんだったのだろうか…。

Mが手記を手に入れたい理由

Mが手記を手に入れたい理由もよくわからない。

劇中で、

「争いのない世界を作りたい」

的なことを言っていたような気がしたけれど、生きている人を死者にしてしまっては…本末転倒ではないだろうか。

なぜ、ザ・ワンはハダリーを伴侶にしたいと思ったのか

ザ・ワンがいきなりハダリーを伴侶にしたい…的なことを言い出した理由もよくわからない。

ザ・ワンはハダリーが人造人間だということがわかっていたのだろうか。

もしわかっていたとしても、ザ・ワンは死者なのだから、ハダリーとはそもそもが違うはずである。

唐突にハダリーを伴侶にしようとした意味がわからず、置いてけぼりを食らう。

『屍者の帝国』を総合評価するなら?

『屍者の帝国』を総合評価するなら、星5中の星2評価である。

うーん、個人的には微妙。

『屍者の帝国』は原作があるようで、私はそれを未読だったから…ということかもしれない。

だが、映画を観た限りでは、あまり面白い作品には感じられなかった。

設定や世界観は面白いと思う。

なんとなく、世界観的にスチームボーイっぽい雰囲気がしなくもない。

それこそ、ラピュタとか。

ああいう近現代チックな欧米の雰囲気は嫌いではないし、むしろ好きである。

また、「死者を蘇らせる」という設定も面白い。

このように『屍者の帝国』には面白い要素はたくさんあるんだけれど、ストーリーがあっちゃこっちゃしてしまっていて、結局主題が掴めない。

それこそ、ラピュタだったら「ラピュタという天空の城へ行く。ラピュタの謎を解き明かす」という主題が明確にあり、そこに突っ走るから面白さが存分に伝わってくる。

『屍者の帝国』ではそもそも「主題」が曖昧すぎて、観る側としてはどこをゴール地点として想像していればいいのかがわからない。

映像や世界観の完成度は高いだけに、ストーリー構成および演出面で足を引っ張ってしまったように感じられる作品だ。

『屍者の帝国』はどんな人にオススメ?

『屍者の帝国』は、それこそハーモニー攻殻機動隊(イノセンス)のような、考えさせられるSF作品が好きな人にオススメしたい。

ちなみに私はどちらも鑑賞したが、ぶっちゃけ『屍者の帝国』は中でもわかりにくい作品に仕上がってると思う。

終わりに

『屍者の帝国』についてレビューしてきた。

余談だが、『屍者の帝国』はシャーロック・ホームズの世界観へと繋がっているらしい。

『屍者の帝国』を観た後にシャーロック・ホームズを読めば、

「もしかしたらワトソンは一度死んでいて、ハダリーはアイリーン・アドラーと名前を変えているんじゃ…」

という楽しみ方もできるのかなと思った。

映画としては微妙だったけど、空想を与えてくれる作品だったとは思う。




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