【ネタバレ感想】『涼宮ハルヒの消失』は、SFサスペンスが織りなす良質アニメ映画だった

ふぉぐです。

ついさっき、『涼宮ハルヒの消失』を観終わったので、さっそくレビューしていきたいと思う。

ちなみに、ネタバレ全開でレビューしていくので、まだ観ていない方はご注意を。

では、さっそくレビューに移ろう。




『涼宮ハルヒの消失』ってどんな映画?あらすじは?

『涼宮ハルヒの消失』は、2010年公開のアニメーション映画。

総監督は石原立也。監督は武本康弘。

あらすじとしては、「突如として平穏だった日常が、ところどころで自分の記憶との齟齬が行き交う世界へと変わってしまう。主人公・キョンは、元いた世界へと変えるため、ヒントとなる鍵を探し始める」という物語である。

北高1年のキョンは、いつもと同じような生活を送っていた。

学校へは谷口、国木田といったクラスメートとともに向かい、放課後はSOS団での集会が行われていた。

12月16日、17日と、1と1週間ちょいもすればクリスマスがやってくる…というころ、SOS団ではクリスマスパーティーを催すための会議が行われていた。

嫌々ながらも、朝比奈みくるのコスプレ衣装などを目の保養として楽しみにしていたキョンだった。

12月18日。突如としてキョンを不可解な現象が襲う。

キョンが学校へと向かうと、昨日まで元気だったはずの谷口がマスクをして気分の悪そうな顔をして登校していた。

キョンは、谷口が言っていた「クリスマスにデートをする」という約束がパーになってしまい、そのせいで風邪を催した…と思っていたが、国木田に聞くともう1週間近く体調が優れていないようだ…という話を聞く。

何かがおかしい…そう思ったキョンの元に、さらに追撃するかのような事態が起こる。

そう、以前、長門によって消滅させられたはずの「朝倉涼子」が、キョンの後ろの席へとやってきたのだ。

キョンの後ろの席はハルヒの席だったのに、なぜ消滅させられたはずの朝倉涼子がいるのか…理解ができないキョン。

クラスメートからは「ついにおかしくなったか」と気味の悪い目を向けられる。

キョンは、頼みの綱である長門を探しにいく。

しかし、長門がいるであろうクラスに長門はおらず、廊下で出会った朝比奈みくると鶴屋からは、厳しい目を向けられる。

古泉がいるはずのクラスも、クラスそれ自体が存在しておらず、八方塞がりのキョン。

最後の砦として、SOS団があった文芸室へと足を運ぶ。

そこには、眼鏡をかけた長門がいつものように本を読んでいた。

『涼宮ハルヒの消失』は、SFサスペンスが織りなす良質アニメ映画だった

というわけで『涼宮ハルヒの消失』を観終わった。

まず最初の感想としては、

「普通にSFサスペンスとして面白いなぁ」

という印象である。

私はずいぶん昔に「涼宮ハルヒの憂鬱シリーズ」は2期まで全て観ているので、今作の内容もかなり楽しく観させていただいた。

おそらく、テレビシリーズ、または漫画、または小説でも観ていない限りは、今作を十分に理解するのは難しいだろう。

そういう意味でも、間口の広い映画ではない。かなり限定される映画ではある。

しかし、やはりテレビシリーズ的なあらすじをちゃんと知っていれば、今作はSFサスペンスとして面白い仕上がりになっているのは明白である。

まず、キョンが知らない世界へ来てしまった…という段階で面白い。

風景、人物、生活…。そのほとんどは元いた世界のままなのに、なぜか人々の記憶がこれまでいた世界とは違う。

明らかにキョンがパラレルワールドへ来てしまったか、はたまた世界そのものが作り変えられてしまったか…のどちらかである。

キョンは奮闘する。どうにかして元いた世界との繋がりがあるものを探し出す。

その1つが、本に挟まれたしおりである。

しおりを見つけたことで、キョンは「鍵を集める」という目的を得る。

「鍵」とは、結局はハルヒ、長門、古泉、みくるの4人だったわけだ。

『涼宮ハルヒの消失』での、バグとしての長門

作中でも触れられていたが、今回の件の犯人は「長門」。厳密に言えば、「長門」というプログラムが行動している段階で生じたバグなどによるもの…だということである。

このバグは、おそらくキョンに好意を抱いた「長門」なのである。

長門はいわばロボットのようなもの。人型アンドロイドである。

だから、人間が持つ「感情」は、バグとして認識されてしまったのではないだろうか。

感情を持った「バグ」として扱われている長門は、世界を再構築するとき、キョンに選択権を委ねた。

それが、しおりと文芸部入部届けである。

しおりに書いてあることをそのまま実行するのであれば、元いた世界へと変えれる。

しかし、文芸部に入部すれば、キョンは感情を持った長門との世界で生活することになる。

キョンに好意を持ったがゆえ、キョンが嫌がる世界は避けたい。

だから、長門は選択権を与えた…。そう考えるのが妥当なのだろう。

我々の世界にも、パラレルワールドは存在するかもしれない

『涼宮ハルヒの消失』を観ていて思ったのは、

「我々の世界にもパラレルワールドは存在するかもしれないな」

ということである。

というか、「パラレルワールドは存在しない」ということは証明できないんじゃないかと思っている。もちろんパラレルワールドが存在するという証明もなかなか難しいとは思うが笑。

どちらにせよ、答えがはっきり出ないのだとしたら、存在する可能性だってあるわけである。

今の自分が選ばなかった道を選んでいる自分が存在する世界…。

12月18日にカップラーメンを食べた私だとして、もしかするとあのとき、迷っていたカレーパンを買ったかもしれない。そういうパラレルワールドが進む世界は、もしかしたら薔薇色かもしれない。

また、パラレルワールドが存在するのだとしたら、パラレルワールドから見た我々の世界もまた、パラレルワールドの一つである。

そんな、SFすぎる妄想が膨らんでしまうのも、『涼宮ハルヒの消失』を見たがゆえの一因である。

『涼宮ハルヒの消失』を総合評価するなら?

『涼宮ハルヒの消失』を総合評価するなら、星5中の星4評価である。

うん、個人的には面白い作品。

ダレる要素もなく、サクサクと物語が進んでしまい、あっという間に終わってしまった。

2時間40分という長尺にも関わらず、飽きさせない展開をさせるのは素晴らしい。

だが、個人的に「うーん」と思ったのが、テレビシリーズおよび漫画verや原作を見ていない限りは、理解できないシーンが多数出てくるところだ。

「ジョン・スミス」だって、『涼宮ハルヒの消失』を初めて見た人からすれば、

「え?キョンはジョン・スミスって名前なん?」

とこんがらがってしまうだろう。実際、キョンのフルネームは公開されてないので、ジョン・スミスの可能性もありうるけど笑。

その点だけが引っかかったので星を下げて星4評価とさせていただこう。

『涼宮ハルヒの消失』はどんな人にオススメ?

『涼宮ハルヒの消失』は、原作およびテレビシリーズなどを見ている人にオススメしたい。

これだけ単体で見ても何が何やらわからないだろう…笑。

終わりに

『涼宮ハルヒの消失』についてレビューしてきた。

『涼宮ハルヒの消失』の上映から、もうすぐ10年になろうとしている。

そう言えば、2019年9月2日時点で涼宮ハルヒの憂鬱はまだ完結されてないので、そういう意味でもかなり待たされているところである…笑。

今後の展開があれば、期待である。




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