【ネタバレ感想】『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』は、人間に向き合うことの大切さを教えてくれる名作映画だった

ふぉぐです。

ついさっき、『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』を観終わったので、さっそくレビューしていきたいと思う。

ちなみに、ネタバレ全開でレビューしていくので、まだ観ていない方はご注意を。

では、さっそくレビューに移ろう。




『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』ってどんな映画?あらすじは?

『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』は、1998年(日本では1999年)公開のヒューマンドラマ映画。

監督はトム・シャドヤック。主演はロビン・ウィリアムズ。

あらすじとしては、「実在するパッチ・アダムスという医者の伝記映画」という物語になっている。

パッチ・アダムス、本名ハンター・アダムスは、精神病院に自分から入院することを決めた。

ハンターは、自殺未遂を起こしてしまい、そのことがきっかけで精神病院に入院しようとしたのだった。

精神病院では、普通では理解できないような患者たちがいて、ハンターはおののいてしまった。

ある日、ハンターは「わしの指は何本に見える?」といつも聞いてくるおじいさんの部屋へと入っていく。

おじいさんは数式のようなものをノートに書いていたところで、ハンターに毒づくような形で部屋に入るのを許可してくれる。

おじいさんは、またもやハンターに聞く。

「お前の指は、何本に見える?」

ハンターは、おじいさんに親指を隠された状態で聞かれたので、素直に「4本」と答えたが、おじいさんは「違う」と言い、手を離してくれない。

すると、おじいさんは「奥を見るんだ。奥を見れば良い」と言う。

ハンターの視界がぼやけて、4本だった指は8本に見えた。

「8本」と答えると、おじいさんは安堵の表情を浮かべる。おじいさんは、そこにあるものだけを見つめるのではない…ということをハンターに伝えたかったのだった。

おじいさんの、液漏れしている紙コップに絆創膏を貼ってあげたハンターは、おじいさんからあだ名として「パッチ」という名前をもらう。そこから、彼は自分をパッチ・アダムスとして呼ぶようにするのだった。

精神病院に入院している患者たちから、心を通わせることの癒しなどを教わったパッチは、自分も人を癒せる存在になりたい、人を救いたい…という思いから、医者になることを決意する。

パッチは、「あんたの診察は最低だね」という言葉を精神病院の医者に言い放ち、颯爽と精神病院から出て、医者になるために大学へ入学するのだった。

『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』は、人間に向き合うことの大切さを教えてくれる名作映画だった

というわけで『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』を観終わった。

まず最初の感想としては、

「人間に向き合うことの大切さを教えてくれるな…」

という印象である。素晴らしい映画だ。

とくに、パッチが「医者の常識」となっていることに異議を唱え続け、型破りなことをたくさんしでかすところなんかは最高である。

例えば、産婦人科の医者たちがくる…というところで、ドアのところに女性の足をかたどった、いかにも卑猥感のあるオブジェをつけたシーンなんかは最高である。

パッチは、なんとなく「医者」というものがどういう存在であるべきか…がわかっていたのだと思う。

医者は偉いのでもなく、ましてや患者と上下関係の位置付けにあるものでもない。

医者は患者から学ぶことがあり、患者は医者から治してもらう関係性である。

ということは、どっちにも優劣をつけることはできず、どちらも対等な関係なのである。

しかし、パッチは「医者は患者に感情移入するな」などの、わけのわからない「医者の常識」が煩わしく、そして邪魔なものだと確信していた。

だが、確信しただけではなんの意味もない。パッチは自ら行動に移し、学部長の反感を買いながらも、自らが正しいと思うことだけをし続けたのである。

そのあっぱれな行動力に、「素晴らしい」という言葉しか出てこない。

ちょっとお下品なところもあるパッチだが、個人的にはそこが愛らしくもある。

問題解決の糸口は、問題ではなく対象にある

『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』を観ていて感銘を受けたのが、

「問題解決の糸口は、問題ではなく対象にある」

という観点である。

映画内で上記のような文言が出てくるわけではないが、まさにパッチの目指すべき部分は「問題よりも対象」という、原点回帰的なところにあるように思う。

とくに、終盤に出てくる「ケネディさん」というおばあちゃんのシーンなどがわかりやすいだろう。

パッチのルームメイトであるミッチが、どうやったってご飯を食べてくれなかった。

ミッチは、ケネディさんに巣食っているであろう「問題」にばかり目を当てていた。医者としてそれは当然のことだが、人間の心はもっと複雑で、簡単ではない。

しかし、パッチからしてみればそれは簡単なことだった。

問題ではなく、対象に目を向ければいいだけのことだったのだ。

ケネディさんが以前、「私はヌードルがたくさん入ったプールで泳ぎたいの」と言っていたのを実現させ、ケネディさんの心を開かせたのだ。

人の心は難しいが、開くのは意外と簡単なのである。

しかし、「簡単」に見える問題点に気づくのは難しい。その答えは本には載っていないからだ。

パッチは、そのことがわかっていたのだ。本よりも患者と向き合うこと。

そこに、答えはあるのだということが。

『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』を総合評価するなら?

『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』を総合評価するなら、星5中の星5評価である。

うーむ、最高の映画だ。最高の中の最高。素晴らしすぎる。

事実を元にしている…ということだったが、おそらくところどころ脚色はあるだろう。

しかし、そうとはいえ、人間の根源的な問題解決の糸口を示してくれる名作に変わりはない。

一生に1度は観ておきたい。そんな映画だったように思う。

『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』はどんな人にオススメ?

『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』は、今、人生に行き詰まっている人にオススメしたい。

人生・恋愛・人間関係。そのどれを取っても、結局は人間自身に答えがある。問題そのものよりも、対象に答えがあるのだ。

終わりに

『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』についてレビューしてきた。

余談だが、『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』で主演を務めたロビン・ウィリアムズは、2014年に縊死(いわゆる首吊り自殺)している。

皮肉にも、『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』の主人公、パッチが自殺をしようとしたように、ロビン・ウィリアムズは自ら命を絶ってしまったのだった。

ロビン・ウィリアムズが自ら命を絶ってしまった理由として、wikipediaには「うつ」や「パーキンソン病」「認知症」などの文字が羅列してあった。

ロビン・ウィリアムズがどんな苦悩を持っていたかは、私にはわからない。しかし、メディアに出る…という仕事柄、人並み以上にストレスなどを強く感じていたのかな…と思う。

もし、ロビン・ウィリアムズの元にパッチがいたら…。

そんな、過ぎ去ってしまったことの想像をしてしまうのだった。