ふぉぐです。
ついさっき、ミッドナイト・イン・パリを観終わったので、早速レビューしていきたいと思う。
ちなみに、ネタバレ全開でレビューしていくので、まだ観ていない方はご注意を。
では、早速レビューに移ろう。
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ミッドナイト・イン・パリってどんな映画?あらすじは?
ミッドナイト・イン・パリは、2011年公開のスペイン製作によるアメリカ映画。
監督はウディ・アレン。主演はオーウェン・ウィルソン。
あらすじとしては、「1920年代のパリに迷い込んでしまう男の物語」になっている。
映画監督としてある程度の実績を持つ「ギル・ペンダー」は、自身の処女作になる小説を執筆していた。
そんな中、婚約者イネスの両親の計らいで、イネス一家とともにフランス・パリに旅行に出かけることになる(実際には、父親のビジネス旅行に同行する形だった)。
パリでイネスやイネス両親と食事をしていると、イネスの友達が声をかけてくる。
そこには、ポールとキャロルがいた。
ポールは、博識な男だったが、彼の語るうんちくはどうも間違いが多く、ギルはそれが気に食わなかった。
しかし、イネスは博識なポールを気に入り、ダンスや食事にまで出かけるようになってしまう。
そんな中、ギルは一人で真夜中のパリの街をうろうろしていると、古い車に乗った男女数人が声をかけてくる。
嫌々ながらもその車に乗ったギルは、そのままパーティー会場についてしまう。
しかし、そのパーティー会場では「ゼルダ・フィッツジェラルド」や「フランシス・スコット・フィッツジェラルド」といった、1920年代を代表するような作家がいたのだ。
パーティ会場からジェラルド夫妻と共に抜け出したギル。
次に行ったカフェでは、なんとあのヘミングウェイがいたのだ。
そう、彼は1920年代のパリにいつの間にかタイムスリップしていたらしい。
1920年代の作家たちに自分の小説を見てもらおうと、「ガートルード・スタイン」の元にヘミングウェイと共に訪れることになる。
スタインの家にはピカソがいたが、ピカソとともに同行した一人の女性に、ギルは恋をしてしまう。
その女性は、アドリアナだった。
ミッドナイト・イン・パリは、まるでパリを旅しているかのような錯覚に陥る映画だった
ミッドナイト・イン・パリは、まるでパリを旅しているかの様な錯覚に陥る映画だった。
パリの街並みがたくさん出てくるわけではないのだけれど、1920年代のアークティックなパリの喧騒は、とてもノスタルジーな感じがして素晴らしい。
特に、タイムスリップものとして重要になるのが、「昔の人物との遭遇」である。
ミッドナイト・イン・パリでは、まさに歴史に名を残す様な作家たちと対面しまくるので、その点も見ていて飽きない。
現代のパリと過去のパリ…。
二つの世界を行き来している様な感覚になるので、とても面白い作品だった。
主人公を自分に投影させすぎて心がツライ
ミッドナイト・イン・パリでは、主人公が恥ずかしい思いをしたりするシーンがあったりして、見ていてツライ。
例えば、博識のポールがやってきた時の、「自分の居場所がわからなくなる感じ」とか、「アドリアナにイネスのピアスをあげようとしたら、ちょうどイネス一家が帰ってきて、アワアワしてしまう感じ」とか。
よく、男はつらいよシリーズに自分を投影しすぎて、「見るのが辛い」という症状が現れる人がいるが、私もまさにあれである。
過去の失敗などを思い出してしまうので、私の様に「自分が恥ずかしい思いをしているのを思い出しがち」な人はちょいと気をつけたほうが良い映画かもしれない。
ミッドナイト・イン・パリが伝えたかったことは、「どの時代に生きても『昔は良かった』と思ってしまう」ということ
ミッドナイト・イン・パリが伝えたかったことは、たった一つに尽きると思う。
「どの時代に生きていたとしても、『昔は良かった』と思ってしまうよね」ということだ。
例えば、私はロックミュージックやジャズ、フュージョンに至るまで、あらゆる音楽が好きである。
特に、学生の頃なんてロックの虜だったわけだ。
NIRVANAやoasis、The Beatlesにレッドツェッペリン、ジミ・ヘンドリックス・イクスペリエンス。
とにかくたくさんのロックを聴いてきたのだが、どれもこれもリアルタイムではなかった。
私が学生時代の頃なんて、すでに多人数アイドル全盛期。AKBなどが音楽シーンを席巻していた時代である。
周りの友達はEXILEやAKBなどを好んで聴いていたが、私は一人でGreenDay…みたいな。
別に、共通の音楽の友達が欲しかったわけではないが、もしこれが1980年代だとしたら、
「おい!やっぱヴァン・ヘイレンのライトハンド奏法ってかっけえよな!」
みたいな会話がそこかしこで聞こえていたかもしれないわけだ。
そう、つまり学生時代の私も、
「昔は良かっただろうなぁ…」なんて考えてしまっていたのである。
しかし、1980年代の少年たちの中にも、
「やっぱ70年代のツェッペリンが最高だよな」
という人がいただろうし、1970年代の少年たちの中には、
「やっぱ60年代に生まれたかった…。The Beatlesかっこよすぎるだろ…」
って人がいたかもしれない。
つまり、現代から見た過去はすでに決まった形をしているため、変えようがないものなのだ。
いわば、すでに完成品として作られたプラモデルの様なものである。
しかし、我々がこれから生きていく未来は、パーツが切り取られていない、まさに1から作り始めるプラモデル見たいなものなのだ。
作り方によっては最高の作品ができるが、その分時間もかかるし間違いも多いし、何よりめんどくさい。
ならば、すでに完成品になっているプラモを買いたい(過去にすがりたい)、というわけである。
でも結局、我々は現代を生きることしかできないし、行き着く先は未来である。
未来を生きようではないか!…ということなのかもしれない。ミッドナイト・イン・パリ。
ミッドナイト・イン・パリを総合評価するなら?
ミッドナイト・イン・パリを総合評価するなら、星5中の星4評価である。
全体的にはかなり面白い。
ストーリーとしても楽しめるし、過去の女性アドリアナに恋してしまう感じも良い。
コメディ要素が多くあるので、笑える点もいくつかある。
ただ、一つ不満を挙げるなら…、「1920年代の有名な芸術家・作家に詳しくないと、何がすごいのかよくわからない」という点だ。
例えば、ゼルダ・フィッツジェラルドや、フランシス・フィッツジェラルドの名前を、今作を観るまで私は知らなかった。
一応、「ヘミングウェイ」という名前だけは知っているが、ヘミングウェイがどんな作家だったのかも知らなかった。
唯一、「ピカソ」が出てくるので、「あ、1920年代ってすごいんだな」と思ったけれど、ピカソが出てこなかったら何がすごいのかよくわからなかったかもしれない。
もちろん、1920年代の芸術家・作家に詳しくない私に非があるわけだが、私の様に「1920年代の作家って言われてもよくわからない」という人は多いだろう。
その点が、個人的にはちょいとマイナスかな…という感じで星4である。
ミッドナイト・イン・パリはどんな人にオススメ?
ミッドナイト・イン・パリは、芸術家に詳しい人におすすめである。
それこそ、ヘミングウェイやピカソ、フィッツジェラルド夫妻、ダリなどが出てくるので、詳しい人なら、
「うわ!黄金期すぎる!!」と感激するだろう。
私で言う所の「モンタレー・ポップ・フェスティバル」を見にいく様なものである。
また、芸術に詳しくなくても、普通にストーリーとして面白いので、コメディ映画が好きな人にもおすすめだ。
終わりに
ミッドナイト・イン・パリについてレビューしてきた。
私は、これまでの人生で海外なんて一度しか行ったことがないが、映画を見ていると海外に行きたくなってくるものである。
あなたも是非、ミッドナイト・イン・パリでパリの街並みに繰り出してみてはいかがだろうか。