【ネタバレ感想】『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』は、爽快感MAXのクレしんらしい映画だった

ふぉぐです。

ついさっき『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』を観終わったので、早速レビューしていきたいと思う。

ちなみに、ネタバレ全開でレビューしていくので、まだ観ていない方はご注意を。

では、早速レビューに移ろう。




『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』ってどんな映画?あらすじは?

『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』は、2004年公開のアニメ映画。

監督は水島努。

あらすじとしては、「西部劇映画の中に入ってしまった野原一家とカスカベ防衛隊が、映画の世界から頑張って抜け出す」というストーリーになっている。

カスカベ防衛隊は、「リアル鬼ごっこ(同名のホラー作品とは関係なし)」という、現実に起こりうるリアルなこと(例えば、離婚届を突きつける嫁など)を題材にして、追ってくる鬼を自分で決め、その設定に追われる方が合わせる…という、なんともクレしんらしい遊びをしていた。

リアル鬼ごっこの最中、ふと街の路地裏に入ると、「カスカベ座」という古びた映画館を見つけた。

その映画館が妙に気になったしんのすけは、カスカベ防衛隊を引き連れて映画館の中に入っていく。

すると、完全に廃業している状態の映画館なのに、なぜか映写機が回っていた。

「タダで映画見れるじゃん!」と思ったしんのすけは、カスカベ防衛隊とともにその映画を見始める。

途中でお小水に行きたくなったしんのすけは、1人でトイレに行って戻ってくると、なんとカスカベ防衛隊がいなくなっていた。

「先に帰られた」と思ったしんのすけはすぐに家に帰るが、なんと他のメンバーたちはまだ家に帰っていないという連絡が野原家にくる。

「もしかしたら、まだみんなはカスカベ座にいるかもしれない」と思ったしんのすけは、ひろしとみさえとひまわりを連れてカスカベ座へみんなを探しにいく。

そして、誰もいないのに上映している映画を観ていると、野原一家は広大な荒野にポツンと立っていたのだった。

『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』は、爽快感MAXのクレしんらしい映画だった

『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』を観た、まず最初の感想を言わせていただこう…。

「おもしれーじゃん!!」

である。

実は、『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』は子どもの頃に5回ぐらい観てるわけだが、大人になって改めて見ると、やはり面白い。

クレしん映画の中でも随一に爽快感が強い映画だと思う。

この爽快感は、いわゆる「あっぱれ戦国」に通ずるものがあるかもしれない。

共通点としては、「無敵な強さを誇る」というところだろうか。

あっぱれ戦国では、あの時代になかった「車」という無敵の乗り物を使うことで、敵側を圧倒した。

『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』では、無敵のヒーローになれるパンツで、ジャスティスを圧倒した。

西武映画にやってきた当初こそ、ジャスティスにコテンパンにされていたしんのすけが、最後には愛する人を守りながらジャスティスをコテンパンにしているのはなんとも爽快である。

『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』は、つばきが可愛い映画だとも言える

『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』でのヒロインといえば、なんと言ってもつばきである。

ぶっちゃけ、劇場版クレヨンしんちゃんにおいて、つばきほどの美人キャラはなかなか出てk…。。。

おっとまてよ?そういえばルル・ル・ルルとか、東松山よねとか…。

結構美人キャラっていることにはいるんだよね…。

うーむなかなかに決めがたい。

でも、やはり可憐で清楚なつばきちゃんは劇場版クレしんの中でも上位に君臨する可愛さだと思われる。

あの笑顔、いつまでも守りたい。

クレしん映画の中では、面白い部類の映画である

『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』は、私はクレしん映画では面白い部類に入る映画だと思う。

ストーリーもちゃんと起承転結があるし、全体としてスピーディーでまとまりも良い。

クレしん映画といえば、「オトナ帝国」と「あっぱれ戦国」が随一であることに異論はないと思うのだが、ぶっちゃけこの2つが名作すぎるがゆえに、他の映画が霞と化しているのは否めない。

『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』は、オトナ帝国とあっぱれ戦国の次ぐらいにランクインしてもおかしくないぐらいに面白い映画だと思っている。

だが、やはりオトナ帝国とあっぱれ戦国が圧倒的すぎて、

オトナ帝国=あっぱれ戦国>>>>>>>カスカベボーイズ

みたいな感じになっているのである…笑。

ちょっと不憫な立ち位置にいる映画、それがカスカベボーイズではないだろうか。

なぜ、映画が途中で止まってしまったのだろうか

『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』でのキーとなる設定が、

「映画が途中で止まっている」

ということである。

『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』では、「映画が止まっている」ということを突き止め、「じゃあ終わらせれば良いんだ」というところから映画が動き出す。

では、なぜあの西部劇映画は途中で止まってしまったのだろうか。

これは完全に私の憶測なのだが、

「西部劇映画の監督(製作者)が死んでしまった」

などのアクシデントがあったのでは…と思う。

西部劇映画を途中まで製作していたけれど、最後まで撮影できずに死んでしまった…ということだ。

さらにいえば、「クレヨンしんちゃん」というフィルターを通してみれば、あの西部劇の人たちは我々鑑賞者からすれば「アニメの人」なわけだが、クレヨンしんちゃんの世界から観た映画の住人たちは、現実世界の人なのではないだろうか…。

ちょっと説明がわかりづらいので整理する。

つまり、我々がトム・ハンクスが出演している映画を観るのと同じで、しんのすけたちからすればつばきちゃんは「アニメ」としての登場人物ではなく、現実にいた人(つまり俳優)なのである。

我々からすればトム・ハンクスはアニメの人ではなく、現実に存在してる人なのと同じことである。

こう考えていくと、あの西部劇映画は相当古い映画だと考えることができる。

そして「つばきちゃん」という人物は、もしかするとしんのすけが生まれてくるずっと前に、映画や舞台で俳優として生活していた女性なのかもしれないのだ。

誰もいないカスカベ座で、フィルムが勝手に動いていたのも、まさに製作途中で死亡した監督の幽霊がやった仕業…なのかもしれない。

『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』を総合評価するなら?

『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』を総合評価するなら、星5中の星4評価である。

全体としては面白い。ストーリーも小気味好く進むし、「謎の巨大な扉」や「謎の巨大ロボット」などの伏線を鮮やかに回収する様は、文句なく高評価をつけるに値するのではないだろうか。

だが、惜しむらくは感動要素が個人的に薄いな…という点だ。

最後につばきちゃんが「映画の世界の人だった」という点は悲しいのだけれど、意外とすぐにしんのすけは立ち直る。

つばきちゃんのことは、まるで映画の中にいた時のように簡単に忘れてしまうのである。

この点は何か哲学的な要素を感じるのだけれど、とにかくオトナ帝国やあっぱれ戦国のような怒涛の感動は無かった(この2つと比べるのはあまりにも酷だとは思うが)。

個人的には途中までとても面白いのに、最後の最後でちょっと減速してしまうのが惜しいかな…という感じ。

それを加味して星4評価である。

『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』はどんな人にオススメ?

『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』は、大人が見ても楽しめる作品なので、ぜひ大人にオススメしたい。

前半はちょっとホラーチックだし、「なぜこの映画に迷い込んでしまったのか」というサスペンスチックな要素もある。

色々な要素が複合的に、それもケンカしないようにうまい具合に混ざり合っているので、大人が見ても楽しめる作品になっている。

終わりに

『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』についてレビューしてきた。

余談だが、西部劇といえば、私は今「レッドデッドリデンプション2(以下:RDR2)」をプレイさせてもらっている。PS4のゲームだ。

RDR2は1899年の西部開拓期を舞台にした、まさに西部劇ゲームなのだけれど、『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』に登場する「車」は登場しない。

西部開拓期について色々と調べていると、どうやら西部開拓期は1860年代ごろから1890年代ごろまでを指しているらしい(個人的にはもっと長いかと思った)。

RDR2の舞台が1899年ということなので、20世紀目前である。ということは、車があってもおかしくない時期なのではないだろうか…。

私はまだストーリーを途中までしか進めていないのでわからないけど、車はこの先登場するのだろうか。

それとも「馬での移動」をゲームの醍醐味としたいから、車はあえて出さない設定なのだろうか。

『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』とはマジで「西部劇」というところしか関係してない完全なる余談を話させてもらったが、そんなあなたにもRDR2はオススメである。