『ハーモニー』 は、哲学的要素が強いアニメ映画だった

ふぉぐです。

ついさっき、『ハーモニー』 <harmony/>(以後、ハーモニー)を観終わったので、早速レビューしていきたいと思う。

ちなみに、ネタバレ満載で感想&レビューしていくので、まだ観ていない方はご注意を

では、早速レビューに移ろう。




『ハーモニー』 <harmony/>ってどんな映画?あらすじは?

ハーモニーは、2015年公開のSFアニメーション映画。

深夜アニメで有名な「ノイタミナ」のイベントの一環として製作される。

監督はなかむらたかし、マイケル・アリアス。

あらすじとしては、「2019年に起きた大災禍と呼ばれる「戦争・ウィルス蔓延」によって従来の政府は崩壊。その代わりにできた「生府(政府のようなもの)」によって、人類はコンピューターサーバーで統治される時代が訪れた。その中で、新たな事件が起こってしまった」という物語になっている。

少々難しい話なので、あらすじをもっと詳しく解説していこう。

2019年。アメリカを中心に起こった暴動をきっかけに、世界中で「大災禍」と呼ばれる「戦争・ウィルス蔓延」が起こってしまった。

わかりやすくイメージするなら、ヱヴァンゲリヲンのセカンドインパクトを想像してくれれば良いかもしれない。

これにより、日本の従来政府は崩壊。代わりに「生府」と呼ばれる統治機構が出現し、「生命主義社会(人々の健康第一)」が訪れる。

それから半世紀が経った頃、高校生だった主人公トァンは、同じく高校生の「ミァハ」の思想に激しく共感する。

世界では、「WatchMe」と呼ばれる「人体埋め込み式監視システム」を人体に導入し、人々をサーバーで監視する社会が訪れていた。

これにより、健康で幸福な社会を実現していたが、ミァハはその「生命主義」的な世界に憎悪を抱いていた。

そして、トァンと親友のキアンを引き連れ、共に自殺しようと持ちかけるミァハ。

しかし、結局自殺に成功したのはミァハだけだった。

残されたトァンは13年後、「WHO螺旋監察事務局」の上級監察官として世界中の紛争地帯に赴くようになる。

だが、紛争地域の人々と「酒・タバコ」などの物々交換が上官に知られてしまい、日本での謹慎処分となる。

日本に着くと、かつての親友キアンがお出迎えしてくれた。

しかし、「生命主義的」な価値観を持つキアンを、トァンは快く思っていなかった。

キアンと共にレストランに行って食事をしていると、突然キアンの調子がおかしくなる。

すると、いきなりキアンは自分の喉を食事用ナイフで刺して自殺してしまった。

キアンは死ぬ間際、「ごめんねミァハ…」と言い続けていた。

ほどなくして、キアン以外にも2000人以上の人々が、同じタイミングで自殺を図っていることがわかった。原因は不明。

トァンはミァハの実家に行き、ミァハの母親に知っていることを話してもらおうと来訪する。

すると、ミァハの母親はトァンが知らなかったことを次々と語ってくれた。

実は、ミァンは養子だったこと。

そして、自殺したミァンの遺体は、研究員が極秘に研究資料として持っていきたいと願い出ていたこと。

さらに、その研究員は、WatchMeの開発資料を手がけた冴紀ケイタだということ。

冴紀ケイタは、トァンの父「ヌァザ」と共に研究をしていた人物だった。

陰謀が渦巻いている予感がしたトァンは、すぐさま父「ヌァザ」の元に出向く。

『ハーモニー』 <harmony/>は、哲学的要素が強いアニメ映画だった

まず、一言でズバッとこの映画の印象を言うなら、こうである。

「実に哲学的要素の強いアニメ映画だった」

と言うことだ。

例えるなら、世界観的には士郎正宗原作である「攻殻機動隊」に近いような気もする。

人間に監視システムを埋め込む…というまさにSFチックな設定。とてもそそる設定なのは言うまでもない。

しかし、蓋を開けてみると、かなり難しい映画だった。気軽に見れる作品ではない。

哲学的要素が強く、鑑賞者に強く訴えかけるようなものがある映画だった。

秩序と優しさで満ち溢れた世界は、本当に素晴らしい世界なのか

まず、ハーモニーの世界では「秩序」と「優しさ」で満ち溢れている世界である。

作中で、トァンがキアンと電車に乗ってふらついていると、見知らぬ女性が「席を譲りましょうか?」と優しく声をかけてくれる。

しかし、トァンはその優しい言葉に乱暴な感じで反応し、別の車両へと行ってしまう。

キアンはトァンに、

「あんな反応したら、あの人がかわいそうじゃない」

と諭すシーンが印象的だ。

表面的にみるなら、トァンは悪者である。

しかし、もっと深く掘り下げていくなら、「席を譲りましょうか?」と言ってきた乗客は、優しさの押し売りともとれる…とい完璧にうわけだ。

確かに、優しい世界は素晴らしい。優しさと秩序に満ち溢れていて、住んでいて心地の良い世界である。

だが、それは「人間的な」生活から逸脱しているようにも思えるのではないか…?と言うのがこの映画の伝えたかったことなのではないだろうか。

例えば、かの有名なドイツの哲学者で「フリードリヒ・ニーチェ」がいる。

ニーチェの思想の中で有名なのが「超人思想」であるが、この超人思想を簡単に説明するなら、まさに「厳しさを追い求めよ」的なことを言っているわけだ。

その反対に、「善人」と呼ばれる、ニーチェがひどく忌み嫌う人々がいる。

善人は、平均的で普通で、周りの人と同じことに優越感を持つ。

そして、少しでも「普通ではない」と思ったものには罵詈雑言の嵐。

ハーモニーでも、日本に戻ってきたトァンはこのようなセリフを吐く。

「みんなと同じでいることで安心している人々」と。

そう、まさに超人思想的な一面が垣間見えると言うわけだ。

本当に、優しさだけで満ち溢れた世界は素晴らしいものなのだろうか。

管理されて病気の無い世界は、素晴らしい世界なのか

ハーモニーでは、「生命主義」と呼ばれる新たな価値観が広がっている。

生命主義によって、病気になる人はほとんどいなくなった。

しかし、作中で印象的な言葉がある。

インターポールのサングラス野郎が、死ぬ間際に言った言葉だ。

「痛い…痛い…。こんな痛みは生まれて初めてだ…。殺してくれ…殺してくれ…」

セリフとしてはちょいと違う部分があるとは思うが、概ねこんな感じだろう。

この後、トァンは銃でサングラス野郎を殺すわけだが、このセリフにも哲学的要素が孕んでいる。

「痛みのない世界」は、人間として生きていることになるのだろうか?…という点だ。

もちろん、私は痛みが嫌いである。

子どもの頃に頭をぶつけて大量出血した思い出があるが、あの時は5針ぐらい縫う大けがだった。

あの時の痛みはもうかすかな思い出になってしまっているが、めちゃくちゃ痛かったのは言うまでもない。

それこそ、平均台から落ちて頭をぶつけたこともあるし、転んだことなんて何回もある。

痛い思いなんてできればしたくないのだが、人間的なことでいえば、痛み=生きていることにもつながるわけである。

ハーモニーの世界では病気になる人がいなくなったわけだが、病気の無い世界は本当に素晴らしい世界なのだろうか。

ハーモニーを総合評価するなら?

ハーモニーを総合評価するなら、星5中の星4評価である。

全体的に難しい作品だが、随所に哲学的要素が散りばめられている。

映像も綺麗なので、見て損は無いだろう。

しかし、ちょいとグロい残酷描写があるので、その点は注意が必要。

また、人によっては「美人な女の子につられて見たのに、なんだこの映画は!」となる人もいるかもしれない。

そういう点を加味して星4評価とさせてもらった。

ハーモニーはどんな人にオススメ?

ハーモニーは、哲学思考な人にオススメしたい。

私も哲学思考タイプの人間なので、物語が進んでいくうちに「なるほど、頭を使うタイプの映画ね」と理解していった。

なので、頭を使う難しい映画が好みな人にはぜひ見てもらいたい。

また、士郎正宗作品(攻殻機動隊やAPPLESEED)が好きな方も、ぜひ見て欲しい。

終わりに

ハーモニーについてレビューしてきた。

余談だが、 <harmony/>という見慣れない『<>』を用いる言語は、実はパソコンのhtmlなどで使う表現である。

書き方は、

<body>アイウエオ<body/>みたいな感じ。

つまり、<▲▲/>という感じで、<>の最後に「/」が入ると、「終わりですよ」という意味になるのだ。

<harmony/>も、いわば「ハーモニーの終わり」という意味になるだろうか。

調和の終わり。ああ、タイトルからして哲学的ではないだろうか。




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