ふぉぐです。
ついさっき『バベル』を観終わったので、早速レビューしていこうと思う。
ちなみに、ネタバレ全開でレビューしていくので、まだ観ていない方はご注意を。
では、早速レビューに移ろう。
Contents
『バベル』ってどんな映画?あらすじは?
『バベル』は、2006年公開のヒューマンドラマ映画。
監督はアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ。主演はブラッド・ピット。
あらすじとしては、「モロッコで起きた銃撃事件が、それぞれの国のそれぞれの人々に影響していく」という物語になっている。
モロッコの荒涼とした砂漠地帯に、遊牧民の家族が住んでいた。
遊牧民の家族の父親は、羊を襲うジャッカルを追い払うために、裏取引でライフル銃を手に入れた。
ライフル銃の扱いに慣れさせるため、父親は子ども2人に銃の練習でジャッカルを3頭は狩っておくように指示し、裏取引をした売人とともに街へ羊を売りさばきに出かけた。
子どもたちのうち、兄は銃の扱い方が下手だったが、弟は銃の才能があった。
ジャッカルを探しに山を登っていると、
「あの岩に当てられるか?」と兄が言い出し、銃で300〜500mほど離れた岩を狙い始める。
兄は弾が当たらなかったが、弟は一発で岩に当てることができた。
その後、「じゃあ次は動いてるものを当てよう」ということになり、荒涼とした砂漠を走ってくる一台の車を、山から兄が撃った。
しかし、車には当たらず、「やっぱり当たらないじゃんか」と愚痴をこぼす。
そして次は弟が、向こうからやってくる観光バスを狙って銃を構える。
弟が引き金を引くと、弾はバスに命中したかどうかわからない。
そのままバスが走るので、「やっぱり当たらないじゃないか」と言いその場を後にしようとすると、バスが突然路肩に停車した。
どうやら、銃は観光バスを貫き、乗客の1人に当たったようだった。
怖くなった兄と弟は、すぐにその場を後にした。
観光客が銃で撃たれた事件がきっかけで、国をまたいで様々な因果関係が巻き起こる。
『バベル』は、よくわからない迷作すぎて評価が難しい映画だった
というわけで、鬼才アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の『バベル』を観終わったわけだが…。
ぶっちゃけ、めちゃくちゃよくわからなかった…笑。
まさに「迷作」という言葉はこの映画のためにあるようなものなのかもしれない。
一見すると、マジでよくわからないし、何を伝えたい映画なのかもよくわからない。
だが、鬼才イニャリトゥ監督のことだから、『バベル』にも何か伝えたいメッセージがあるのでは…と自分なりに考えたが、どうにも思い浮かばない…笑。
簡単に言ってしまえば、
「自分が行動したことがきっかけで、まるで波のように遠くにいる人にも影響が出てくるよね」
ということを伝えたかったのかな…?と思った。
だが、ストーリー性も難しく、なかなかに理解が及ばない作品だったのはいうまでもないだろう…。
『バベル』の因果関係を整理しよう
とりあえず、ここいらで『バベル』の因果関係を整理していこうと思う。
簡単にまとめてしまうと、こんな感じで時間軸が異なる。
- 綿谷安二郎(役所広司)が、モロッコのツアーガイドにお礼としてライフル銃をあげる
- ライフル銃が巡り巡って裏取引屋に渡り、それが遊牧民家族の元へ
- 遊牧民の子どもたちがバスを狙い、観光客1人が撃たれる
- モロッコの集落へ行き、なんやかんやで一命は取り留める
- モロッコの集落からちゃんとした病院へヘリで向かう
- 病院ですぐ手術。その間にリチャード(ブラピ)は自宅へと電話する
- 自宅で子どもたちを預かっている家政婦のアメリアが電話に出て、その後息子のマイクと話をする
- 次の日、アメリアは息子の結婚式があるのでメキシコへ行かなければならなかったが、リチャードたちがトラブルで帰ってこれなくなり、仕方なく子供達を連れてメキシコへ行く
- メキシコで結婚式の後、帰路につくも、国境で止められて検査を受ける。だが、車を運転していた甥が無理やり車で入国して、晴れてアメリアたちも不法入国者に(そもそもアメリアは不法就労者だった)
- アメリアは子どもたちとともに砂漠で一夜を過ごし、その後警察に身柄を引き渡される
- モロッコでは、警察が犯人と思しき遊牧民の家族を嗅ぎつけ、銃撃戦を繰り広げながらも犯人を拘束する
- 日本では、モロッコで起こった銃撃事件の銃の出どころが綿谷安二郎ということで、警視庁の捜査員が事実確認を行っていた。
- 聾唖者のチエコは、鬱屈とした毎日に嫌気がさしていて、父の安二郎の言うことを聞かず、道を外れた行いをしていた。
まぁこんな感じだろうか。ちょっと長くなったけど…笑。
つまり、モロッコでの銃撃事件がこんな感じで色々な人に波及していくよね…って感じの映画なんじゃないかなぁと思う。
『バベル』は、言葉が通じないことを前面に押し出した映画だった?
『バベル』では「言葉が通じない箇所」が幾度となく出てきた。
一番印象深かったのが、聾唖者のチエコが、普通に話しかけている青年や、警視庁の捜査員の言葉が聞き取れていなかったところである。
聴覚障害ということで、声が聞こえないのは取り立てることではないのだけれど、『バベル』では「言葉が通じないことでの別世界感」を表現しているように思った。
例えば、モロッコで言葉が通じないジョーンズ夫妻と対をなしている…というか。
言葉が通じないもどかしさというのは、まさに別世界にきている感じがしてしまうはずである。
私も一度、グアムに旅行へ行ったことがあるが、日本に住んでいると日本語が当たり前なので、何を言っても日本では通じる。
だが、グアムといえばアメリカである。アメリカで日本語は通じない。
だから、トイレに行きたかった時に、一緒に歩いていた現地の人に「あ、トイレどk…あ、そうか日本語通じないんだった…」と言ったもののハッと我に返った事がある。
『バベル』を見ていたら、そのときのことをなぜか鮮明に思い出してしまった。
言葉が通じないのはなかなかに怖いことである。
あなたの起こした小さな行動が、たくさんの人に影響を与えているかもしれない
『バベル』を見て個人的に考えたのが、
「自分が起こした小さな事が、世界中の人に影響を与えているかもしれないなぁ」
という事である。
例えば、私が駅でペットボトル入りのジュースを5本買ったとしよう。
でも、購入した時間帯が悪くて、アルバイトの人が私が買った5本分を補充するために、バイト時間を少しだけ延長する。
そのバイト時間の延長がきっかけで、そのバイトの人と待ち合わせをしていた人が怒ってしまって、イライラしながら駅を歩いていたら知らない人と肩がぶつかって喧嘩になるかもしれない。
その肩がぶつかった知らない人が、日本に旅行に来ていた外国人で、母国ではベビーシッターが子どもたちを預かっているかもしれない。
喧嘩が原因で取り調べを受けて、明日帰らなければいけないのに1週間ほど滞在することになるかもしれない。
母国のベビーシッターは、三日後に大事な予定があるのに、1週間も主人が帰ってこないとなると予定を変更しなければいけない。
その大事な予定は、婚約している男性との食事で、その日にプロポーズをするために指輪を購入して大事そうに胸ポケットにしまっているかもしれない。
だけど、滞在期間が延長したことで食事もパーになり、予約していたお店も取り消さなければならないかもしれない。
そうなると、予約していたお店側も、「せっかくお客様がくると思っていたのに…」と美味しい食材を用意して待っていたのに、その食材を廃棄することになるかもしれない。
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こんな感じで、自分が何気なく行った事が、小さく世界中に波及していっているのかもしれない。
『バベル』の面白さは、ここにあるのではないだろうか。
『バベル』を総合評価するなら?
『バベル』を総合評価するなら、星5中の星3評価である。
うーん、ぶっちゃけ難しい。
難しいしわかりにくい。そしてストーリー性があるわけでもない。
「こうなってこうなる」という、ストーリー性のない単なるドキュメンタリーを見せられている感じがしなくもない。
だが、なんとなく監督が意図している事が後半になってわかってきたので、その点を踏まえて星3評価である。
『バベル』はどんな人にオススメ?
『バベル』は、正直なところオススメできる人は限られてくるように思う笑。
アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督のファンなら、『バベル』を見てもいいだろう。
だが、「なになに?モロッコの銃撃事件が世界に波及する…?面白そうじゃん!」と、映画の大まかなストーリー解説を見ただけで「観ようかな」と思っている人には、十分注意することを促したい。
人によっては、「なんだこれ」とがっかりする可能性があるからである…。
終わりに
『バベル』についてレビューしてきた。
余談だが、バベルというのは旧約聖書に出てくる街の名前らしい。
街の人は「バベルの塔」という天まで届く高い塔を建設しようとしたけれど、神が怒って人それぞれ違う言語を話させるようにした…という話があるようだ。
アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督が思っている「バベル」というのは、もしかすると地球そのもののことをいっているのかもしれない…。
なんて。